mahoshの日記

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【逆襲】ファーストクラスに乗った話。

二〇二一年十二月、曾祖母危篤との報があり急遽沖縄に帰省する事となった。「幾らかかっても構わないから直ぐ来なさい」という母の要請に、俄かに“この機会にファーストクラスに乗れるのではないか”という期待が沸き起こった。曾祖母はそっちのけだ。

ファーストなどと考え出したのはひとつ前の帰省に端を発する。機内で通路を間違えた私はファーストクラスの乗客の足の前を横切ってしまった。途端にスチュワーデスが険悪な顔で「ちょっと…」と睨んできた、そしてファーストのおばさんの方へ駆け寄って「大丈夫ですか?失礼しました」とか言っていた。嫌な顔をするスチュワーデスを見たのは人生初であった。

私は悔しいような腹立たしいような気分であった。飛行機では乗客の前を横切るのは当たり前だし、私に非があるとしてもあんな顔をしなくてもいいじゃないか、露骨な差別待遇が気に食わなかった。そしてファーストクラスがそんなに偉いのか、そうであれば私もそのファーストクラスに乗って見返してやる(何も見返せはしないのだが)と決心した。

遂に機を得た十二月、親の金で四万幾らかのチケットを購入し(通常料金+八千円でファーストに格上げできるらしい、思ったより大した額でない)意気揚々と羽田に向かった。

飛行場に着いてまず違うのがチェックイン。高級感のある専用カウンターでお姉さんが発券してくれる。奥に通路があり、やたら長い廊下を進むと伸びたバネのような前衛的巨大松の植木がお出迎えしてくれる。ここがラウンジだ。半個室で百人余りが入れる広さ、内装はスタバより少し上という程度。人も多く特別待遇というような感じはしない。左方にはバーがありパンやソフトドリンク、アルコール、ハーゲンダッツ等が食べ飲み放題である。ビールサーバーもある。マッサージチェアやシャワー室も備え付けだ。

結局二時間ほど滞在し、搭乗口へ向かった。ファースト専用の搭乗口は無く普段と同じ場所で待つ必要がある。搭乗順は妊婦や障碍者→ファースト→エコノミーである。スチュワーデスに険悪な顔をされたときはJALは拝金主義者であるとも思ったが金持ちよりも妊婦が偉かったので道徳心のある企業だと見直した。妊婦より先に乗込口に突撃したら普通に止められた。

機内では最前方の席に通される、中央は二列で窓側は一列、高級感のある白い革のシートで小物置きやフットレスト、パーテーションもある。スリッパも用意されていた。席に着くとすぐに飲み物を尋ねられる。二十種類ぐらいで大吟醸やワイン、ビールは六種類ある。コーヒーもエコノミーのものとは違うらしい。山形県産リンゴジュースを注文した。飲み干すとすぐに次を勧めてくる。離陸三十分ぐらい経つと食事が用意される。「スペシャリテ パテ・ド・カンパーニュ…」やら「豚足のジュレとインカのめざめ…」やら大層な献立である。仕切りのカーテンがあるがカトラリーの音がエコノミー席に聞こえないか気掛かりだった。私は物凄く気を遣う性格なので過剰なおもてなしは逆に負担に感じた。

二時間半のフライトに飽きてきた頃、那覇空港に着いた。曾祖母は大きな苦しみもなく大往生を遂げた。箸で骨を拾ったり脚に入っていたボルトを骨壺に入れるかどうかで揉めたりした、喉仏の下りは無かった。帰りはエコノミーに乗った、エコノミーも悪くないなと思った。

最終的な感想としては「一度は乗った方が良い、二度目は金が余っていれば」である。八千円でラウンジと機内食を楽しむぐらいだったら同じ額で寿司でも食べに行った方がよほど効用は大きい。しかし一回乗るのは重要だと思った。「ファーストに乗ったことはあるが敢えて(敢えてという事にしておく)エコノミーに乗る」と「エコノミーにしか乗ったことがない」では心持ちが違う。サービスに八千円分の価値はないが体験としてはそれ以上の価値があると思う。